小学校から一貫

育ててしまう

ですから、まっ先にテストの点数などを聞いてしまう親が非常に多いのですが、ここには母性のかけらも見られません子どもにとって家は、唯一安心して、ホッとひと息つける場所です。学校で勉強して、塾で勉強して、そのうえ、お稽古ごとやクラブ活動までこなして一日を終えると、ほとんどクタクタ状態で家に帰ってきます。そこをつかまえられて
テストはうまくいったの?
点数はどうだったの?などと詰問調で声をかけられたのでは、たまったものではありません。

母さん方は心どのよう子供にも使命感は育たないといえるでしょう。「お帰り。クラブはどうだった、楽しかった?疲れたでしょ。焼きたてのクッキーがあるから食べなさい。おいしいわよ」
そんな言葉を、子どもはかけてもらいたいはずです。テストがあっても、点数についてうるさく聞いてこない母親。友だちのあれこれをあげつらわない母親。競争心をあおらずに優しく見守ってくれる母親。世間体を気にせず、自分を愛してくれる母親を子どもは求めているのです。
これは、夫の場合も変わりません。雨に濡れて帰ってきた夫に「お父さん、傘を入れ忘れちゃつてごめんなさい。今熱いスープができますから、んで、からだ温めて」
それを飲などと言ってごらんなさい。亭主はなんて優しい観音様みたいな女なんだろうと、女房を絶対に離すまいと心に誓います。しかし

 

勉強するとは何ごとか。

「まあ、背広をグシャグシャに濡らして。どうして傘を持っていかなかったの。天気予報で雨が降るって言ってたじゃない。クリーニング代、ばかにならないのよ」
などと言われようものなら、もらったんだろう
オレは数いる女のなかから、なんでこんな鬼のような女をと、くやし涙にくれるかもしれません。
仕事
感動
父親が
人生
母親がそれを子どもに伝えることができれば、ととを子どもに伝えるとすれば、母親が伝えるのはと
祈り
です。
最高です。母さんといっしょ。ただし、それらをすべて言葉で直接表現して伝えればいいというのではなく、親の態度や行動や生きる姿勢を通して伝えることが大切ですお帰りなさいと言葉をかけてやること、温かいスープを飲んでねと優しく接することのなかに愛や生や祈りの言葉は出てきませんが、それらを感じとることは十分にできるでしょう。言葉だけを何度繰り返しても、言葉どおりの行動が見られないのでは、何の意味もなしません。
次章から、母親が子に伝えるべきこの三つの重大事について、説していきます。
私の思いを込めながら解
子どもは、母の愛で愛すること
を知る母の愛を知る子こそ、人を愛し孤独にも耐える母親、もしくはそれに代わる人間からの愛を受けることなく成長した人間は、人の愛し方がわからないものです。

    1. 母さんに尋ねてるンでしょ?
    1. 育ててもらいたいのです。
    1. 子どもも英語が好きになる。

教育上の大きな誤りです。

子どもの虐待一一〇番とか子育て相談室のようなところへ電話をしてくる母親は一様に、子どもに暴力をふるってしまう自分が抑えられない、寝ているわが子に泣いて謝っては、翌日また同じことを繰り返してしまう、と訴えます。そして、よく聞いてみると、その母親もまた、そうした暴力をふるわれて育ったというケースが多いのです。
動物園の動物たちも、産んだ子どもをどうしたらいいのかわからずに放り出してしまい結局、人間の手で育てるケースが多いと聞いたことがあります。
大学の宗教哲学科。

しつけをしたそうです。

本能が発達しているはずの動物でも、教えられなければ子どもを育てることができないのです。
母親から愛されることで、まして人間は、教えられないことはできないのです。
子どもは愛することを知るのです。
初めてドイツの作家ヘルマン·ヘッセは知と愛の中で「だがナルチス、君は母を持たないとしたら、いつかいったいどうして死ぬつもりだろう?
母がなくては愛することはできない、母がなくては死ぬことができない」
と言っています。母の愛を通して、人は愛を知り、母の死を通して、人は死を知るのです。生と死と愛といった、人間が人間らしく生きるための基本は、母から吸収し、学習するものなのです。
そして、母親から愛された人間は、いつくしむ心が養われるから、周囲のすべての事物をいつくしみの目で見るようになります。


子供にも使命感は育たないといえるでしょう。 赤ちゃんの写真は写真館で 先生自身の力量不足だけが原因なのではなくお父さん