子どもだけが責められたときに現れます。

母さんがいなく

彼らの家庭は、外からは正常に見えても、実際は問題を抱えていた。そして全員--人残らず!子どものときにはなはだしい精神的虐待を受けていた。彼らは成長すると精神科医の言う性機能障害者になっていた。つまり、他人との合意にもとづく成熟した関係を持つことができなかったのだ。
研究によると、誕生から六七歳ごろまでの子どもの生活で最も重要な大人は、母親だ。
子どもはこの時期に、愛情とは何かを学ぶ。私たちの調査対象者はみな、母親から愛されず、冷たく扱われたり無視されたりして育っていた。
子ども像と現実の自分との落差に悩みます。

育てられる。

子どもの動きが少なくなっています。

子どもたちにアルバイトをすることを許さなかった。ふつうの人間は相手に対する愛情や依存の気持ちを身体的な接触や優しさによって示すが、殺人犯たちは、それを経験したことがなかった。彼らはお金よりもはるかに重要なもの、すなわち愛情を与えられずに大きくなった。ある母親は、幼い息子をテレビの前に置いたボール箱の中に入れて仕事に出かけた。その後、帰ってくると赤ん坊をベビーサークルに入れて、食べ物をその中に入れ再び帰ってくるまで、テレビにお守りをさせた。
彼らは、子犬の目をつつくのはいけないとか、人のものを壊すのは規則に反しているといったことを教わらないまま大人になった。彼らは、あくまで自己中心的にしか世界をとらえることができない。なぜなら大人-おもに母親-がこの大事なことをきちんと教えないからである引用が少し長くなりましたが、この恐るべき事実から、幼いころの母親の接し方が、どれほど大きな影響を子どもに与えるものか、よくわかっていただけたと思います。イギスのボウルビィ-という精神分析医も、母親の愛撫を受けないで育った子どもは平気で嘘をついたり盗みをしたりすると言っています。
あいぶまた、アラブの王様がしたという、こんな残酷な実験結果も報告されています。

学習するものなのです。

子どもが悪気なく散らかしているのと同じよう
子どもを絶対に母親にふれさせないで育てたら、おできに悩まされたあげく、発狂して死んでしまったというのです。
人間だけではありません。フラミンゴは、母親から引き離されると、一本足で立つことができないそうです。猿にしても、スキンシップなしで大人になると、恋愛も結婚もできず、たまたま子どもができたとしても、赤ん坊を岩に投げつけて殺してしまうといいますこれらの数々の事例から、スキンシップの大切さがよくわかります。とくに授乳期、赤ちゃんは授乳を通して母性を受けとめ、母の愛を感じ、人とのかかわり方も学んでいきます。そして、たっぷりと母親のスキンシップを受け、ゆっくりと十年くらいの年月をかけて母親の世界から精神的に自立し、母親から分離していくのです父性は点のつながりだが、母性は連続性を持つまずおなかの中に十カ月、生まれてからも未成熟なるがゆえに強い絆で結ばれる母と子について、父親の関係との違いをひとことで言うなら、父親のかかわりがあくまで点と点のつながりであるのに対して、母子関係は、連続性を持ったものであると言えるでしょうもう一度、授乳について考えてみましょう。
子ども像と現実の自分との落差に悩みます。

先生は家庭訪問の印象でツバラくん

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母乳であれば、母親は否応なしに子どもと密接にくっつくことになります。ミルクで育てる場合は、ともすると哺乳瓶をくわえさせたまま、母親の気持ちが子どもから離れてしまうこともありえます子どもは、授乳のときに、母性からの愛情以外にも、実にたくさんのことを学ぶと言われています。共感能力、集団適応能力、協調性、論理力、問題解決能力、困難処理カリーダーシップ、連続的思考などなどです。ですから、授乳は決しておろそかにはできません。できれば、母乳で育ててほしいと思います。たとえ哺乳瓶で与えるときであっても必ず抱いて目をじっと見ながら話しかけてほしいのです。授乳しながら、目はテレビに釘づけというのでは話になりません。
イスラエルにキブツという集団農場があります。

子育てについての考え方や役割分担など

母親とがおのおの違った役割をもってこど
構成員は私有財産を持たず、土地は国有で、鍬や鋤にいたるまで生産財や生活財を共有し、給与の支給もなく、必要な生活用品やサービスが提供されるという仕組みになっています。そのキブツでも、子どもを育てるくわすき
ことだけは、個人生活の必須部分として認められています農場で働く母親は、授乳の時間になると家に帰るのですが、授乳をしただけで農場に戻るわけではなく、三時間も四時ーも子どもとすごす時間を与えられているのです。授乳して一緒に遊びながら数時間をすごさなければ、子どもの能力は育たないという考え方がぁるからです母親との交流が与えられなかった子どもは、友だちをつくることが下手であり、集団への適応能力も低く、協調性も養われず、知能も伸びないという考えが一般的になっています。ユダヤ人に優秀な人間が多いのも、このあたりに遠因があるのかもしれません。
これに比べて、西欧や日本では、白然の摂理に逆らっている部分が多いような気がします。たとえば、現代の多くの妊婦は、病院で仰向けの姿勢で出産します。重力や引力の観点から考えても不自然です。だから大部分の母親は、不安感や恐怖感を持つのです。
母さんは十分にかみしめてほしいのです。

子ども心にもひしと響くものがあるものです。

それが生まれてくる赤ちゃんに微妙な影響を与える可能性も考えられないことではないのです自然体位で産むということを重視するなら、しゃがんだ姿勢がいちばんいいのです。日本でも、昔はよく農作業の最中に産気づいて畑で産み、リヤカーの中に寝かせて帰ってきたなどという話を聞きました。以前、記録映画で立ち産をしているのを見たことがあります。これらは、白然の摂理に従ったひとつの形と言えるのではないでしょうか。
ルソーは自然に帰れと言いました。これは、日本人が感じる自然のふところにすっぼり抱かれるという消極的な意味ではなく、自然に従いなさい、というような強い意味だと思います。父性が、絶えず社会性と人間性の間を行ったり来たりしているものだとしたら、本能的な母性は、きわめて自然なものと言っていいでしょう。本来必要なことは、このようなパーフェクトな自然観から出発することです。