勉強してくれればという気持ちも手伝ってつい

育てる過程

日本でも、ソニーの元会長·大賀典雄氏は芸大出身でした。
このように、本業以外に特技を持っているという人は、井にも大勢いるのではないでしょうか。
枚挙にいとまがありません。
市となりの子どもがバラなら、わが子は桜になればいい子どもが、算数のテストで百点をとってきたとします。得意気に帰ってきて報告するどもに
それで百点は何人いたの?
それは誰と誰?
と聞いて、子どものうれしい気持ちに水を差すお母さんは意外に多いものです。
よかったわね。お母さんもうれしいよ
そう言ってやるだけにとどめられないのは、ながら見ているからに違いありません。
いつも子どもをほかの子どもと比較対照し学校の成績という同じ分野で子どもを比較していると、結局、一番にならなければ気がすまない、ということになります。

教育の権威であろう


母親の間の取り決めだったりするでしょう。

>子供の仕事。どの親も同じ方向を向いて子どもを見ていると、そこには熾烈な競争が始まりかねません。しかし、それぞれがそれぞれの持ち味、個性で生きているのだと考えれば、親も子どももずいぶん気が楽になるのではないでしょうか。
しれつ同じ花だと思うから、花の大きさを競わせたり、茎の長さを問題にしたり、咲く時期の遅さが気になったりするのです。みな、違う花だと思えば、比較する対象がなくなるわけですから、咲く時期がいくらずれていても、気になりません。菊は菊、桜は桜、バラはバラ、百合は百合なのです。それぞれ美しさが違うのだから、それぞれ違う花を咲かせればいいのです若者が主人公のドラマを見ていると、兄弟のうち、兄が優秀で弟は劣等生、親は兄ばかリかわいがり期待する、というパターンのものを多く見かけます。それは、きっとそういう例が世の中に多いから、視聴者、若者の共感を呼ぶのでしょう今は、時代も動いています。机の上の勉強ができるということだけが武器になる時代ではありません。


父親の存在

母親になるということです。

母親は毎日の生活の中で女はやがてわが子を、ちょっと客観的に見れば、その特性がおのずから見えてくるはずです子どもが持っている個性を愛し、認め、お母さんは、そういうことができるあなたが好きよと言ってやれば、子どもはうれしくなって、さらに自分の個性を伸ばし、美しい花を咲かせるのです。
私の知人に、定職も定収入もない男性に恋をした女性がいます。彼女の両親や兄たちからはこぞってその交際に反対され、結婚などとんでもないと言われ、どうしても一緒になると言うのなら、縁を切るとまで言われてしまったのです。
相手の家は、町でも名家に属し、長男彼の兄は教師をしているといいます。
田舎の
町では、教師は東京と違って名士です。
わさされていたのでした。
そして、当の本人は00家のはみだし者
とうところが、彼の母親は彼女に
あの子は、いろいろうわさをされているけれど、本が大好きな子です。先生なのですほんとうのところ子どもの中つ学校の勉強はできるほうではなかったけれど、それは、本ばかり読んでいたからです。きっと、いつか……と語り、息子の明るい将来を見るように、遠くを見つめたそうです。
彼女はお母さんの言葉を信じ、お母さんの息子への愛情の深さに感動し、彼に賭けてみようと決心したそうです。そして数年後、彼は一念発起して、働きながら通信制の大学で勉強し、兄と同じ教師になりました。本に埋もれた青春は、今、生徒とつき合っていくうえで、どれほど役に立っていることでしょう。


学校に行く気がしなくなった。

独特の味のある個性豊かな素晴らしい教師になっているに違いありません。
子どもの友だちが進学したり、就職したりしているなかで、わが子だけが、何も決まらずぶらぶらしているような場合でも、あせらずに、遅咲きの桜だと思って待ってやりたいものです。母親が子どもを信じ、信頼していれば、子どもは必ずそれに応え、自分なりの生き方を見つけ出すものです。
サルカニ合戦のように、「早く芽を出せ、残酷なことを言ってはならないのです。
柿のたね、出さぬとたねをほじくるぞ」
などと何事もプラス思考でいくように育てる経営の神様と言われた故·松下幸之助氏は、陽転思考ということをしきりに言われました。
積極思考というか、何でもプラスにプラスに考えようというのです。

母親はなぜか許してくれません。

いじめの根底にあるのです。松下氏は、なぜ、日本一の実業家と言われるようになれたのかと聞かれ、その理由を三つあげました。貧乏だったからハングリーになれたこと、学歴がなかったから人の何倍も勉強し、人の話を真剣に聞いたこと、体が弱かったから多くの人によくしてもらい、人に感謝の念がわいたこと、という三つです三つのうち、どれも生きていくためのマイナス要素を、プラスに転じています。わが家の貧しさを呪ったり、出世ができないのは学歴がないためと思い込んだり、体が弱いとを理由に社会活動への参加をあきらめたりしていては、決して幸せな未来はやってきまのろ連続殺人犯の永山則夫は、無知の涙という自伝を獄中で書きました。彼は、その中で自分の学歴のなさ、貧しさ、無知を嘆き呪っています。ほんの少しだけ、松下氏流の陽転思考を持つことができたなら、彼の人生もずいぶん変わったものになったのではないでしょうか何事もプラス思考で考えるか、きな違いが出てきてしまいます。
向かう起爆力を奪うからです。


先生なのですほんとうのところ 練習などが特に少なくなっている 父親である夫が頼みの綱です。